2009/07/05 21:51
今借りてる京都の地図、
「京都・観光文化時代MAP」(光村推古書院,2006年刊)は、平安・室町時代・幕末の京都地図と現代地図両方がついてます。
しかも中々優れもので、現代地図はトレース紙に印刷されているので、古地図の上にのせるとどんな風に変わっているのかが分かるんですよ。
これによると、JR奈良線の桃山駅は「浅野長晟」の屋敷の真上。
京都橘高校が「石田三成」と「立花宗成」の屋敷跡にまたがっている感じに建ってます。
いいなぁ。見てるだけでウキウキしてくる。
そういえば、海音寺先生の『真田幸村』では、長宗我部盛親の屋敷と真田屋敷が隣り合ってたような気がすると思って見てみたんですが、残念ながら隣ではありませんでした。
でも真田屋敷から盛親の屋敷までの間には、家康の下屋敷があるのねー。
ということで、
自重しない幸村と苦労人盛親の妄想漫画。
※幸村は家康の放った密偵を家康のお家に(丁重に)お返しシタ(爆
盛親:「あれくらい無視すればいいじゃないですか!!」幸村:「饅頭食い歩いてるのもじっと見られるんだぜ?やーなこった。」盛親:「…食べ歩きしてたんじゃ、密偵じゃなくても見るでしょうが。」幸村:「堂々と見るなら構わん。ただし、やらんけどな!(笑」 海音寺先生のおかげで、うちの大坂組は幸村と盛親が仲良しです。
それから、幸村が派手なんだ。
幸村の「やられたら10倍返し」は上杉家人質時代の直江教育の賜物という設定。
ところで、大阪の陣の時もまだ伏見の徳川下屋敷は機能していたんだろうか…(確かめてから描きなさいよ!!(スミマセン
ああ。それ以前に、この2人が京都にいないわ(笑 (こらー
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2009/07/04 23:57
昨日、社内納涼会で上司に「いやいや。彼女は歴女ですから」と唐突に太鼓判を押された鈴です。コンバンハ。
いいえ単なるオタクですとは言えなかった…チキンめ!(いや普通は言わない
えーっと…恐れ入りますスミマセン。(コラー
別冊宝島の三成特集を読んで、描きたかった
真田信之漫画。三成は、真田家の中じゃ信之と一番仲が良かったのでは ……だ と?!
「さいつ」=真田伊豆守信之 の略。“いつ”は伊豆の守の いづ のこと。
一家の3分の2が反徳川で大打撃を与えたもんだから、真田家はどうしても厳しい目で見られがちだったのですが。
転封されても文句ひとつ言わずに従った信之が、必ず守り続けるように遺言した宝物館の中に三成からの手紙が残っているなんて!!悶える!!!
前に読んでいた真田三代記(だったと思うんですがうろ覚えでスミマセン)に、信之が真田の宝物館に寝ずの番を立てて中身を守らせた話が載っていたんですよ。
「宝物館には石田三成からの手紙が多数残っていて〜」事だったので、てっきり関ヶ原の時に真田家へ西軍へ就くよう
昌幸(父さん)に呼び掛けたものが残っているのかと思ったら、なんと真田信之宛の手紙だというじゃありませんか!!!
しかも、漫画に描いたとおり宛名は「さいつ」。内容もさることながら、かなり親しげな呼び方。
確かに仲良さそうですよ。
の、信之!…滾らせてくれおって(ちょっと落ち着け
さてさて。三成から信之への手紙は、全部で13通。
中身を是非読みたいのですが、納められてる真田家文書で長野県が発行しているのは「上中下」3巻で1冊¥3,000_
と…図書館で借りられるか。まずは聞いてみよう (=_=)
「石田屋敷と真田屋敷がお隣だったので〜」って書いてあったので伏見の大名屋敷の敷地地図を見てみてみたんですが、石田屋敷の斜め右上に真田信之の屋敷があるんですよね。
ホントご近所さんだったんだ…。そりゃ、行き来あるだろうな。
今、丁度借りてる京都の地図に伏見地区の大名屋敷の敷地割が書いてあるんですけど、その他も色々と面白いですよ。
意外と加藤清正の屋敷が、伏見のお城から遠かったりだとか。
家康の屋敷が三成・宇喜多秀家・小西行長・宮部継潤・立花宗成にガッツリ囲まれてたりだとか。
どう見ても松倉重政の敷地の方が筒井定次(元主君)よりも大きいし伏見城に近かったりだとか。
あ。定次で思い出した。TOP交換しました。今更ですが。
筒井順慶+3家老(左前から森好之→島左近→松倉右近)です。
7月…特に関係ないんですけども orz
順慶時代しかよく知らないのですが、筒井家も大好きです!
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2009/07/01 21:27
しまったぁぁぁ。今、7月だって気付いた!!
TOP絵描いてない…orz いつまで本能寺。
すみません。変えます。変えよう。
7月かぁ。ええと何があったかな(そこからか!
全然関係ありませんが、
小早川秀秋。
うちでは出てくると散々なキャラでしか描かれない可哀そうな子。

関ヶ原は、秀秋の裏切りがきっかけで西軍敗北が決まった。ってのがよく言われる説で
ずっとその調子で色々描いて来たんですけど、どうも金吾(=秀秋)の裏切りは決定打ではあったけど
きっかけではなかったんではないかと、思ったり思ったりし始めているわけです。
ちょいちょいヒット重ねて行ったのは、何と言っても毛利でしょう。
それから、三成旗揚げ直前から家康に情報売ってた増田長盛。
金吾は罪を全部まとめてかぶせられた形じゃないかなぁ。
関ヶ原後、2年で亡くなっているのも相当匂うんですよねー。
しかし、秀包は最後まで豊臣寄りだったわけだから、秀吉は毛利一族に秀秋を押しつけたせいで有力な味方を失った。という気がする。
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2009/06/30 23:14
輝元さんの黒歴史がまた一つ増えたヨ……
輝元:「毛利国の王者に、俺は、なる!!」広家&恵瓊:「●NE PIECE!!?」 輝元が大阪城に入ってからの行動はかなり謎な部分が多かったのですが、
「義に生きたもう一人の武将石田三成」(三池純正著)からの孫引き
光成準治さんの『関ヶ原前夜における権力闘争―毛利輝元の行動と思惑』という「日本歴史」707号(吉田弘文書館,平成19年)に掲載された論文によると、
どうも四国やら九州やらの侵略にご執心だったらしい…。たとえば、蜂須賀の領地を取り上げたり、東軍に従軍中で不在だった藤堂高虎と加藤嘉明の城にちょっかい掛けて加藤嘉明の軍と戦闘したりだとか。
九州にも軍を送ったり、大友義統煽ったり。
えっと。つまり、中央の争いに係わるなというという日輪様の遺言を守ろうと馬鹿正直に(ゲフンゴフン
ちょっと!それ家康に勝ってからなさいよ。
西軍が勝てば、総大将は毛利輝元なんだから。
実質的に何やかや言ってこようが、三成は19万石の大名でしかないんだし。
結局家康がほとんど徳川軍無傷状態で勝っちゃって、掴みかけたウサギを全部取り逃がすという…
手順前後、というか。本当に西国が好きねというか。
好きです。毛利(…
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2009/06/28 21:15
三成強化月間ですか!!?
別冊歴史読本も、別冊宝島も三成特集なんですけど!
しかも白川先生の文章が載ってる…嬉しすぎて思わずどちらも買ってしまったデスヨ。あー財布がぁ\(゜ロ\)
そんな勢いで石田家家老二人。石田家はみんな仲良しだといい。
左近:「兵庫殿は器用ですなぁ。」兵庫:「殿に見つかる前に補修しておかなければ。見つけたらご自分で工具を持ち出しかねないですから」左近:「お忙しいのに、なんでもやろうとなさるから…」兵庫:「いや。それもありますが、殿は釘よりご自分の指を打つ回数の方が多いので。」左近:「…(確かに殿は不器用だからなぁ)」三成:「さこーん、兵庫ー!」左近+兵庫:『!!!』 三成が不器用なので、家臣がみんな器用。というのが私のイメージなんですが。。。
しかも、三成は戦上手マッチョを多数集めてなすったので、
つまり、石田家臣団は器用なマッチョ。
…いかん。なんかマッチョが沢山出てくる清涼飲料水のCMを思い出してしまった…。ガクリ orz
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